あれからもう、20年もの年月が経ったんだ
未来を思う20年はとてつもなく長く感じるけれど
過ぎてきた歳月は
意外なほど短い
あの日、私たちは、伊丹に住んでいました
真冬なのに妙に蒸し暑くて
明け方目が覚めて、階下に降りて戻ってきたときの出来事でした
いつもより長い揺れだな、と感じて
隣で寝ている2歳の息子に頭から布団をかぶせた直後
たんすがふんわり倒れてきて、私たちの上に覆いかぶさりました
夫は、私たちが無傷ではいないと思ったらしく
必死でそのたんすを持ち上げて大声で叫んでいました
私は、ここが震源地かと
その時思ったんです
まさか、あれほどのひどいことになっていようとは
めったにないことだから、この様子をビデオに撮って
将来、子どもに話して聞かせようって
思いました
ひととおり家の中の散らばったガラス片などをかたづけて
近所はどんな状況か確かめるために
表を歩いてみたりしました
伊丹の駅が倒壊した映像が
何度もニュースで流れたので
たいへんなことになっているのだろうと思われたけれど
私たちの周りは割合平穏で
電気もガスもその日のうちに復旧し
数日のうちには、平常に近い生活に戻ったのです
いくらかの食器や家財が壊れただけで
私たちは、ほとんど失ったものはありませんでした
偶然とはいえ、その三か月後に、京都に転勤になり
翌月には当時七か月だったお腹の子を出産して
すっかり神戸のことは忘れて日々を過ごしたのです
故郷のまちが受けた
大きな傷を、目の当たりにすることなく
復興にほんの少しも手を貸すことなく
四年半後に戻った時には、あたらしい、きれいな街並みになっていました
20年
そこに暮らす人たちが、また、あのあと生まれた人たちが
苦しい道を歩んできたであろうことに想いをめぐらせます
あの後にも大きな地震があり
近い将来にも起こるだろうといわれています
自然の災害の前には
私たちはなすすべもなく立ちすくむだけだけど
すこしでも
被害が少なくてすむように
いつも考えて準備をしなければならないと
思うのです